手を伸ばすと触れる高さの木肌から、凹凸やささくれを手に感じながら、ささくれで手を傷つけないように気をつけながら、徐々に下に向かってなでていく。しゃがみこむと木のにおいよりも湿った土や雑草のにおいを強く感じた。手はかろうじて地面の上に出てる木の根までたどり着き、さらに根と土の境目まで来てひんやりとした土に触れた後は、見えない根っこが地面の下に伸びている様子を想像する。2、3メートルほどで想像が止まる日もあったが、調子のいい日はどこまでも木の根が伸びていくように思え、それは公園のフェンスの下を越えて、アスファルトの道路の下を力強く割っていった。町中に根が張り巡らされるころになると彼自身の神経が町中に伸びたかのようにも感じ、ひんやりとした空気を町全体で感じているような気にもなった。木の根はいずれ山までたどり着くのだが、そうなるといつの間にか木の根の先は山のほうから伸びた木の根の先と融合しているというか、一本の根がありその両端に公園の木と山の木があるようになり、もはやどちら側から根は伸びたのかは彼自身もわからなくなっていたのだった。

物体

漂う物体を眺め続けていると、それ自体が地面にどっしりと構えているかのように安定してそこにあるので、彼自身の身体が地面に沈んでしまったかのように錯覚するのだった。手に触れてみると確かにそれが浮いていることが確かめられ、しかも軽い力で容易にそれが動いてしまうので、彼自体の安定感が物体のかすかな移動とともに揺さぶられ、もう立っていられないくらいにぐらついてきたと思って地面に手をつこうとすると、それ以前からずっと座ったままであったことに気づいた。

観察するということ

描くために見るのではなくて、ただ見ることだけをする、というか、見るという運動自体を感じることがいいのではないか。
見ること自体に素晴らしい身体性が宿らなければ、というか宿れば、描く際にも生きてくるのではないか。
見ることの身体性とは何か。むしろ見ないことにこそ身体性が宿りやすい気もする。
これらはさっき書いたメモなんだけど、一時期絵を描くのを仕事にしようとしてたものとして、しっかりと観察するということをずっと続けてきたんだけど、最近は見づらさであるとか観察しがたさのようなものが大切なんじゃないかと思い出した。見づらいというのは、ただ光線の条件的なものではなくて、心理的なものも含む。そして社会であるとか街であるとかそういた場が既定しているような身体的なものが原因であるものも含む。というかそれが今僕が考えてる全てだ。
ところで、ある種の期待された振る舞いの中で観察できたり観察できなかったりを繰り返すのか、それとも期待を振りほどいてただ自分の中の欲求を押し出して観察し続けるのか、どちらのほうが身体的であるんだろうか。まずそこを考えないといけない。
最初僕は、場によって既定された身体性を強く意識することによって、その身体性を感じ取り、それが絵を描く際にも生きた身体性になるのではないかと思ったけど、場の既定を踏み越えて自分の行いをやり遂げるということのほうが強い身体性を生み出すのかもしれない。
それか、僕は身体性というものをあまりに単純に考えすぎているのかもしれない。
例えば、おなかが減ったときに、床にご飯粒をおいてみること。じろじろ見るのがはばかられるような場でも観察を第一の目的とすることというのは、そういった意味合いでもあるんだろうか。
そして僕はモニターに映る人の顔ならどれだけ凝視をしてもいいということに疑問を持たないといけないような予感も持っている。ただその疑問はそういう行いをやめるということにつながるものではなくて、もしそんなことになったら僕はテレビも映画もまともに観れなくなるわけだけど、そうではなくて、そこにある、もしくはそこでは限りなく希薄になっているのかもしれない身体性を疑問によって浮かび上がらせる必要が一度はあるんじゃないかと思ってる。

玄関

いつも安藤は自分の返事がない場合は待っておけと言うが、玄関で安藤さんと呼ぶとさと子が応対し章夫を庭に案内するのもいつものことだった。客に対してさと子が玄関で応じるときは大概安藤は庭にいる。それ以外のときはに安藤が子どものように玄関まで走ってきて、客は扉ごしにどたどたという足音を聞いてその日の訪問の目的がその時点で解決したも同然ということに安心しながら扉が開くのを待ち、安藤の満面の笑みを迎える。さと子は足音を立てずに玄関まで現れるから、玄関で呼びかけてしばらく何も聞こえないときは覚悟しなければならない。ことはそれほど簡単ではなくなる。特にさと子は驚くほどゆっくり歩く。それは畳の部屋から板張りの廊下や階段に移ったときに顕著になって、まるで床板が少しでもきしむと家が崩壊するのではないかというふうにも見えた。扉の前の客はゆっくりながらも徐々に玄関に近づいているさと子は見えないから、果たして自分の呼びかけが聞こえているのか不安になるけど、2度以上呼びかけることをしないのは客の間での約束事のようなものだった。といっても客同士で親しいものなどはまったくおらず、このような約束事が共有された経緯はまったく客自身にもわかりえないことではあった。ところで安藤の家の玄関に立つと必ず客の様子をうかがう子どもがいて、客から見えるのは一人だけだけど、実は客が安藤の家に向かう足取りをそのだいぶ手前で見た時点で町中の子どもが集まり、客の見えない場所でじっと見ていた。常の観察によって、彼らの方が客同士の約束事を意識して認識していただろう。ある客は待ちくたびれて、一人でこちらを見ている子どもを逆に観察しだしたことがあったが、観察に夢中になりすぎてさと子が扉を開けたのにも気づかず、それに少し目を離した隙に子どもは別の子どもと入れ替わり、しかも客はそれに気づかないものだからさっきからずっと見ているのにまったくその子の印象が定着しないことに不思議に思い、ますます観察に熱中するのだった。
さと子は応接間を通って彰夫を庭まで案内したとき、日の光がさえぎられることもなく安藤に当たっているのを見た。それでベランダで日光浴をすれば暖かくて気持ちいいだろうと思い、彰夫と別れたあとさと子は2階に向かうことにした。足裏から伝わってくる板張りの床が以前よりも冷たくなっていることに気づいて、さと子は冬を感じた。彰夫は気にしないが、安藤は玄関で待っていないことをいつもひどく怒るのだった。ただ、安藤自身が玄関に現れなかったこの時点では、安藤の機嫌などは彰夫の目的がかなう可能性にまったく関わってはこなかった。さと子が玄関に現れた時点で目的は叶わないことがはっきりし、それによって彰夫は目的から解放されそこからはただ安藤と会って話をすることが楽しみになり、そうなると玄関で待つ時間などとても惜しくなり勇み気味で庭に向かい、彰夫が庭に出た時点ではまださと子は応接間にも入っていないということが多くあった。

帰り道

ベケットのモロイを読んで、とにかくすごいとまず書きたくて、そういう気分で帰ってきた。今書かないければ忘れることではないのに。何年か後でもまだずっとすごいと思い続けてるだろうから、いつでも言えるだろうし、もし何年かあとにすごいと思わなくなっても、昔はモロイをすごいと思っていたといつでも思い出せるくらい、今すごいと思ってる。読んでいるときは、ゴドーを待っている気分だったようだ。といっても僕はゴドーを待ちながらの台本を読んだことも芝居として見たこともないんだけど。だからゴドーも知らないし、待ってる気分も知らないんだけど、つまり何か知らないものを待っているようだったし、何か知らない気分だったようだ。そういうことを思っていたそのときは坂をだいぶ上って、疲れて自転車からも降りて、そこはとても静かだったんだけど、人が道沿いの民家から出てきて僕がその人を意識すると、急に自分の息が切れた状態の呼吸がとてもうるさいということに気づいて、それをその人も聞いているということに気づいて、僕もそればかりが聞こえるようになった。そこを通り過ぎて人が見えなくなると、呼吸なんかしていないように何も聞こえなくなって、それにそこはもう五条通の下を通る歩行者用のトンネルのあたりで、進むたびに五条通から聞こえる車の音が大きくなっていった。ゴドーを待ちながらを連想したのは、今から思えば単に言葉の遊びのようなものだったと思う。そういう遊びが、気持ちいいときがあるというか、そのときは月も見えなかったし、辺りも暗くてよく見えなかったし、気持ちのよくなることは頭の中にしかなかった。身体は坂を上るということでしんどかったのもある。月は見えなかったんじゃなくて、しんどくて、月が見える高さまで首を上げるのがだるかったのかもしれない。もしくは前方とは違う方向に月が出ていたのかもしれない。首を上げるのがしんどいように、首をひねったり後ろを向くということもしんどかったのかもしれない。そもそも僕はその道で後ろを振り向いたことが今まで一度もなかった。
五条通の下をくぐるトンネルを抜けるとすぐに道は右に曲がって、五条通の横を沿う坂道が始まる。坂は途中で角度を増して、また角度がゆるくなるところで五条通と高さが同じになり、道の幅も広くなり、境がなくなり車は両方の道を行き来できるようになる。道幅が広くなるというのは、トンネルをくぐってきた僕がそう思うということで、本当は歩行者用のトンネルの手前の歩道と沿うようにあった車道が、それは五条通の下をくぐろうとする歩道とは違ってそのまま五条通と交差するのでどんどん歩道との高さの差ができるんだけど、その交差した先に続いている道に対して、五条通と沿う形になってるトンネルをくぐったあとの歩道がぶつかって合流しもう一度その交差した後の車道沿いの歩道となるということなんだけど、その車道はあまり車が頻繁に通ることはなくて、だから僕は歩道から大きくはみ出して自転車で走ることがあるから、道幅が広くなったように感じる。
その五条通と交差する車道は、交差した後すぐに右に曲がり五条通に沿う。少しの間は五条通と同じ角度でゆるい上り坂になってるんだけど、すぐにUの字に左に曲がって、またUの字に右に曲がって、その後もカーブを繰り返しながらどんどん山を登っていく。まっすぐ進む五条通はその山の一部とぶつかり、その山に掘られたトンネルをくぐる。トンネルの少し前から五条通は平らな道になり、トンネルをくぐって少ししてから今度は下りになる。五条通と交差した後の車道の右側の歩道は、車道が五条通と沿っている間はつまり五条通の左側とも沿っていることにもなるんだけど、その歩道と五条通りの間には木が植えられていて、その木の葉が茂っている部分と同じくらいの幅が歩道と五条通との間にある。そこは土がむき出しになっていて、京都市が植えたと思われる歩道沿いによくあるような腰の高さほどもない、場所によっては四角に切り揃えられているような小さな木のような植物が植えてあるんだけど、それが目立たないくらいに雑草も生えていて、いつも薄暗くて僕はそこに踏み込んだことはない。そういう植物が生えているところはすぐに終わって、次はフェンスに仕切られている何かの機械があって、その機械のあるところを越えたあたりから五条通は平らになり、歩道はそのままの角度で上っていくから高さが変わっていって、境には壁が作られている。山に続く車道がU字に左に曲がった後でもその歩道は五条通に沿い続け、そのまままっすぐ進んで五条通のトンネルよりも高い位置にある歩行者用のトンネルをくぐる。
そのトンネルをくぐってすぐに道は右に曲がっている。それによって、トンネルをくぐっている間に歩行者用のトンネルは五条通に沿ってるんじゃなくて、斜め左に向かっていたんだと気づく。といっても、みんなそういうもんだと思わないくらいにそういうもんだと思ってこの道を通っているから、誰かがそれにはっと気づいたということではない。
あるとき僕は前方に小さな猫を見つけた。猫に近づくつもりではなくて、家に帰るために前に進んでいるんだけど、そうやって猫に近づくと猫は左側のフェンスのほうに隠れようとした。猫のあまりの小ささに驚いて、立ち止まってじっと見ると、猫もじっとこちらを見返したそのしぐさの、警戒感をふんだんに含んでいながらもおびえではなくむしろ威圧しているような堂々とした感じがまるで子猫のように思えなくて、捨て猫としてダンボール箱に入れて捨てられていても不思議ではない小ささだったんだけど、もしかしたらこういう、小さな身体で大人になるような猫の種類なのかもしれないと思った。そのまままっすぐ行ってトンネルをくぐった後の五条通にぶつかると、合流して五条通に完全に沿う歩道になるんだけど、すぐに五条通から左に分かれる道が出来て、この道にも歩道らしい歩道は記されているわけじゃないし、そこから先の五条通にもいったん歩道はなくなる。
分かれたほうの道を少し進むと、いつも門が閉められていて、コンクリートで出来た小屋の横にフェンスで囲まれた機械がおいてある施設が右にあって、その門の左側に植えてある人と同じ位の高さの、庭を囲む用の小さな木みたいな植物の下に、何日か後にまた小さな猫を見つけた。

帰り道

右の睾丸を手術してから、腫れが収まった後よく見てみると、右の睾丸が左の睾丸と比べて少し垂れ下がる長さが短くなっていた。2、3センチのことなのだけど、これが意外と問題で、それまで平気だった足の組み方や腰の下ろし方をしたときに、どうも右の睾丸を圧迫してしまう。少しでも睾丸が圧迫されるとその痛みは意識をそこに持っていき、集中できない。それで、今までとは違った足の力の入れ方とか、重心の落とし方をしないといけなくて、しばらく慣れるまでしかたがないと思いながら、カフカの審判を読んでいた。さっき夢のことについて考えていたら夢から覚めたばっかりのようにうつろな感じになって、その状態が続いたまま本を読んでいると気持ちが良くて、音楽を聴いても気持ちが良くて、でも聴く曲を選んだりするためにマウスを触るとそのついでにウェブで日常的にチェックしている部分の、そのチェックのために必要な2、3のソフトのいろんな部分をちらちらとそう意識せずにあらかた触れていってしまって、その反応が返ってくるまでじっと画面の変化を待っていたりしていると、うつろな感じも冷めてきて、そういえばバイトの帰りに考えていたことを書いておきたいと思っていたのを思い出した。


例えば美術館に行って、この絵はパースがちゃんと取れているからいい絵だ、この絵はパースがちゃんと取れていないからあまり良くない、ということだけをまじめな顔で言ったなら、その人のまわりに薄ら寒さのようなものが漂うか、もしくは嘲笑のぬるくてねとっとした空気が漂うかだと思うけど、それと同じような程度のことで批判をする人が、さまざまなジャンルのファンには多い。批判そのものの程度を、批判した人が自覚出来るのなら、批判のための批判のようなものが世の中から減るんじゃないかという期待を持っているのかもしれない。そういう批判が減ると世の中は今よりもよりよくなるというのはまったく僕の夢想でしかないとも思うけど、そういう批判が減ることでその他に考えるべきことが増え、その増えた今までには少なかった考えが世の中に多くなることによって、より広い面に渡って今までには見向きされなかった何かが世の中の表面に浮かび上がってくるような、そんなイメージがある。批判がなければどれだけ多くのものがただただ表面に向かって自然と浮かび上がってくるか。それが僕にはとてもよいものに思えた。
そういうことを考えるのは何度目かで、ウェブ上には可能性をつぶすためのような批判が多く散乱し、当てもなくいろんなページを見ていくときはそういう批判を何度か読むことになり、僕が特に何かに対して感動をしているときそれに対して根本的に違った方向性でその方向性以外を認めないような書き方がされている文章を読むと、僕は気持ちが萎え、そういうときにそういう批判は絵でいえばパースが取れているか取れていないことくらいで絵を評価しているようなものだろう、と考えてしまって、そして昨日そういう批判を読んだことを思い出しながらバイトの帰りに川端通を走っていたときにも、同じように思っていた。目の前には横断歩道があり、目線をあげると建物があり、どれも直線で構成されていて、こういう直線ばかりの場所で生活をしていると、直線によって特にわかりやすく感じられるようになるパースというものに対して敏感になってしまうのかと思ったけど、金曜日に見た狩野永徳の絵に描かれた建物も別に直線が少ないわけでもない、しかしパースというものは無視されて描かれている、でもそれ以外の風景というものは直線とは無縁の木であるとか川であるとか波であるとか、奥に向かって一直線に向かっていくようなものはなくて、と考えながら信号が青になったので横断歩道を渡り始めた。僕は前からこっちに渡ってくる人の一番外側を通ろうとして、それなりに人が横に並んでいるから横断歩道から右側にはみ出して通っていたんだけど、あまりはみ出すのも危ないので横断歩道の右側のラインの一番向こうから自転車のちょっと前までの直線を目で確認しながら走っていた。
そんな直線を見ながら、現実はパースがちゃんと取れている、ということはそれを撮った写真も正しいパースになる、というようなことを考えるというか当たり前のように頭に浮かべていたら、森村泰昌さんのことを思い出した。森村泰昌さんは有名な芸術作品を模した現実のセットの中で、自らがその作品の中の人物になりきって撮った写真を作品にする、その情景をテレビ番組で観たりだとか、森村さん自身が有名な芸術作品を解説する、というか新しい感じ方のようなものを観てる人に感じさせるような番組をやってたのを観ていたのだけど、その番組の中で、作品の名前も画家の名前もまったく忘れてしまっていたのだけど、バーのような場所で女性のバーテンダーがテーブルに背筋を伸ばして両手を着いている作品に森村さんがなりきってみたときのことを話していて、どうもその絵のような姿勢でその絵のようなテーブルの高さだと、両手をテーブルに着くのは無理だった、つまりその絵の女性は現実にはありえないくらいの手の長さだったんだけど、確かフェルメールの絵になりきってみたときも、床の模様だとかの長さを、写真を撮ったときに絵と同じに見えるように合わせようとすると、実際のセットは現実的ではないような尺度で用意しないといけなかっただとか、とここまで思い出して、これらを僕は絵というものはどれだけ現実通りに描かれていないかということの証明のために思い出していたようだけど、そうなるとまるで森村さんの作品は現実と絵の差異を発見するための作品だと言っているような気がして、それには違和感を感じて、芸術作品の中で現実的に振舞うことによって、差異ではなく、芸術作品にも現実にもない新しい身体性のようなものを生み出すのが森村さんの作品なんじゃないか、というふうに思った。今はもう京都女子大学のある坂をのぼり、その女子大の門を通り過ぎY字に分かれているところを左に曲がるところだった。

週末はだいぶ寝たから、その分夢も多く見た。目が覚めたら夢が終わるわけでなく、起きてもまだうつろな状態というのは、夢の続きに近い。夢をもっともリアルに感じるのはそのときで、夢を見ているときはリアルと思うこともなく現実として捕らえる。それとも、夢自体のリアルさではなくて、夢を見たことそれ自体の感覚のリアルさなのかもしれない。そもそも夢を見たということを覚えているためには、起きる必要があって、起きる直前の夢しか覚えていられないから、たくさん夢を見たと思いたければ、しょっちゅう目を覚ます必要がある。起きる瞬間というのはどちらに属しているのかと思う。起きる瞬間というのは窓で、その窓からしか起きている僕というのは夢を覗き込むことが出来ないという状況を想像したとき、窓というのはどちら側にも接している。もちろんこの想像はあまりに形をはっきりと取りすぎていて、あのうつろさとは似ても似つかないんだけど、起きる瞬間に何か邪魔が入ってうつろうつろと出来ないと、夢を思い出すのは困難になる。


なんとかもっとうつろさのことを書いてみたい。シャワーを浴びてきた僕は、浴びている間に夢の中だけにある土地勘のことについて思い出していた。ある夢を見たとき、それを見ているときはそこをまるで地元のように思っていて、この道を通れば本屋があるというのを分かっていて道を進んでいったんだけど、その後別の夢を見たとき、その以前夢で見た本屋にこの道はつながっているのを分かりながらある道を進んでいってたことがあって、もちろんそのときは、この道は以前夢で見た本屋につながっているとは思っていなくて、あの本屋がこの先にあるというのをまるでその土地にずっと暮らしていたかのように思っていた。まっすぐ進むとスーパーがあり、それは2階より上がせり出していて入り口が奥まっている。入り口の左横からスーパーの裏側に通り抜けられるようになっていて、そこは2階部分が天井になっていて、右側が入り口の外壁になっていて、左側がスーパーの2階とつながった建物の、多分そのなかもスーパーの一部かもしれないけど、その外壁になっている。スーパーの入り口の前はスーパー自体やそれらの建物によってあまり日が当たらなくなっていて、奥まっている入り口そのものはもっと薄暗い。それによって通り抜けの向こうがとても明るく感じる。その先は今までの道から右奥のほうに左から斜めに向かう道があり、そこは4車線の大きなとおりで、日もあたり、修学旅行生も多く、赤などの目立つ色の建物も見える。その2階建ての赤一色の建物が目指していた本屋で、修学旅行生が漫画を選んでいる中、僕は目的の本を探すけど、見当たらなかった。
こういうことを書いていると、実際にうつろとしてきたのだけど、そのうつろさの中で僕が見るのは、その本屋よりもその先の明るいところに行こうとする僕で、幼いころ薄暗いマンションの裏から日のあたる明るい公園のようなところを、マンションとマンションの間から見ている僕で、日がたっぷり当たった滑り台は寝転ぶととても暖かく、本屋の先のアスファルトの上も寝転ぶと暖かくてとても気持ちよかった。
この状態である種の話が書けると思ったんだけど、実際浮かんでくるのはそういったイメージだけで、イメージは似た感覚を引き起こすまったく別のシチュエーションのイメージに跳ぶだけで、夢で進むようなあいまいな話でさえも進まない。